『アヒルの子』
July 22, 2010 12:18 AM | Comments (0)
先日の連休最終日。
横浜のジャック&ベティに『アヒルの子』をみにいく。
育てられた環境の中で、自己が抱えてきたもの。
その混沌として漠然とし、釈然としないモノから脱却するために、
この作品の監督である小野さんは、そのモヤモヤの元凶と彼女自身が考える
「家族」に対し、真っ向から立ち向かう。
「前へ進まなくてはいけない」という衝動にも近い勢いで、
家族とブツかり、自己にむかって問いつめ、
また他者にブツかって、何が本当の自分であるかを問うていく。
スゴイと思うのは、その向き合い方。
家族にとったらカメラは凶器にも近かったはず。
突然カメラを向けられ、過去に起きた事実を暴かれ、
その映像がこうして公の場で、見ず知らずの他人に公開される。
もし本人の承諾がなければテロにも近い行為かもしれない。
それでも小野さんは撮らずにはいられなかったのだろうと思う。
撮らずには、この先生きられないくらいの覚悟や衝動があったに
ちがいないと思う。それくらいの想いがなければ、
こんな作品は撮れない。
その意味で『アヒルの子』は完全なるセルフドキュメンタリーだと感じる。
人が生きていく深さや、可笑しみやユーモア、悲しみや悔しさといった
普遍的な価値をシェアする意図で作られたものではないのかもしれない。
そういう印象は正直どこかにある。勿論、それが良いとか悪いとか、という判断はなく、
セルフドキュメンタリーで普遍性を伝えることの難しさだったりを同時に感じた次第だ。
でも、もし私が10代後半から20代前半でこの作品と会っていたら、
またちょっと違っていたかもしれない。
いずれにしても、小野さんが自己に抱えていたモノに対峙し、作品にしたことで、
何かしら彼女の救いになったのならいいなぁと思う。
できれば、そういう流れをつくったキッカケであって欲しいと思う。
総指揮を務める原一男さんの『ゆきゆきて神軍』も、
かなり後々ひきずった作品だったけれど、ドキュメンタリ作品は
見終わった後、しばらく心に小骨が突き刺さっさったくらいが丁度いい気がする。
ドキュメンタリ作品は完全なノンフィクションなどではないけれど、
人の心を動かす手法として、やっぱりドキュメンタリでしか
伝えられないことはたくさんある気がする。
小野さんの次作はどんな作品だろう。
ウォッチします。
「息もできない」
April 20, 2010 8:46 AM | Comments (0)
渋谷シネマライズで公開中の「息もできない」を観にいった。
主人公と主人公をとりまく人々それぞれが、
家族やその関係性に根深い悲しみや怒りを抱える人達。
暴力が自己表現として成立しているコミュニティの中で、
断ち切れない暴力の連鎖の悲劇に、言葉がでないほど心が痛かった。
国とか社会が抱えている問題を嘆く前に、
自分の家族だったり、身近な人との関係性を見直すことをしたいな、と思う。
でもそれすら難しい場合もあって、
だからこそ存在しつづける悲しみなんだな、と思う。
存在しつづける悲しみや痛みだからこそ、
共感するんだろうな。と思う。
にどめ
November 6, 2009 8:49 PM | Comments (0)
「THIS IS IT」2回目に行ってきた。
やっぱり良かった。
「THIS IS IT」のアルバムも手にいれて、
その中に書いてあった湯川れい子さんのメッセージが
とても印象的だった。
皮肉にもマイケルの素晴らしさを一番感じられたのが、
この映画であって、このアルバムなのかもしれない、と。
私はこの映画を、散々まわりの人に「いいから絶対みて」と勧めているのだけど、
それは数々のゴシップをどこかで信じ込んでいた私自身の誤解を、
この映画がことごとく打ち砕いてくれたからで、
もし、この人も、あの人も、そんな誤解のままでいたら、
すごく残念で、ちょっとまたらないや、って気分になるからだったり。
あとは、「本当のマイケルはこんなにすばらしかったんだ」ってことを
単純にシェアしておきたいからなのかもしれない。
己の勝手な思考と嗜好の強制だな、と思いながらも。
しかし、生前のその存在に気がつけなかった自分が愚かしい。
バカだよなーと思う。
毎日毎日、嫌になるほど見落としてることってたくさんあるんだろうな。
" THIS IS IT "
November 2, 2009 9:40 AM | Comments (0)

週末見たマイケルジャクソンの " THIS IS IT "
私はマイケルの熱烈なファン、というわけではなかったのだけど、
これだけは劇場でみないと、と何かに背中をおされるような気持ちで
見に行ってきました。
映像は、本来なら今年の7月から開催されるはずだったロンドン公演の
リハーサル模様のドキュメンタリーなのですが、それはもう、
リハーサルとは思えないほど完成度の高いパフォーマンスでした。
1つ1つの動きから目を離せないほどクールなダンスと、変わらないマイケルの美声。
1つ1つの舞台シーンや映像や音を、他のスタッフと確認しあっていくマイケルの姿。
色々なダークな噂や評価、そんなものは、どうでもいい、
言いたい人が言えばいい、と思うくらい。
ただ同時に、たたかうものがあまりにも多かったという想像は簡単にできてしまって、
常に身体や心を削っていく日常の、ギリギリの部分から本当に少しだけ
はみでたところに、彼の悲劇的な死があったのかもしれない、と思うと、
悲しくて悲しくて、涙がとまらなくなりました。
ロンドン講演がもし実現していたら、本当にすばらしいライブになったにちがいないと思わせてくれるこの映画、
マイケルが最後までKING OF POPだったことを伝えてくれたこの映画、本当にすばらしかった。
マイケルと、この映画と、映画スタッフ関係者にすごく感謝です。
私はもう一度映画館でみる予定です。
「ゆきゆきて、神軍」をちゃんとみる
October 1, 2009 8:55 AM | Comments (0)
先週、原一男監督の「ゆきゆきて、神軍」を改めてちゃんとみる機会をつくる。
ずっとみたいと思ってたんですが、
近所のTSUTAYAにはまずないので、
渋谷のTSUTAYAでレンタルできるのを待ってたんです。
あと付け加えるならば、この作品、精神的に健全というか、
「今ならある程度、強烈な『異』を見たり聞いたりしても大丈夫。」という
精神状態が必要なんでは?と予測していて(見事的中)、
やっとこの時がきた、というかんじでみたわけです。
感想をいくつか。
●森達也さんが自身の著書で書いていたとおり、原一男監督の「ドキュメンタリー魂」というか、
「撮ってやる」というキモチがハンパでない。
●他人の秘め事を暴力を使って暴露させる、という手段に正誤はあるのか?
と、問いたくなるが、奥崎謙三という人物、あるいはキャラクターを
生み出したこともまた、戦争の爪痕の1つなんだろう、と結論づけると苦しくなる。
●カメラが被写体にとって強烈な武器になるということを、
これでもか、というほどバリバリ伝えてくる。
●日常から乖離した凄まじいな体験や光景を目の当たりにしても、
その後「それ」を受け入れながら、また日常に戻れる
(もしくは戻ったような生活をおくれる)というのが、
私には想像できないのだけど、この映画にでてくる人物は
それができているように私には映った。
勿論本当の心のうちは本人のみぞ知る、なのだけど。
簡単に壊れないのは、強さとして崇められるけれど、
それはその人自身にとっても、ものすごく酷な状態なんだろうと察すると、
簡単に崇められているものの一面だけをみて、「いい」なんていえない。
すごい内容ですが、ものすごく考えさせられる部分が、
もうありとあらゆる瞬間訪れるので、「今なら大丈夫」という精神状態にある時期には、みたらいいと思います。
「オススメです!」とか、薄っぺらいことは言えないですが。
週末、横浜へ。
September 15, 2009 4:50 PM | Comments (0)

「てのひら〜人身売買に立ち向かう会」事務局長の百瀬さんからのお誘いを受け、
週末、横浜の赤レンガへ行ってきました。
イベントの内容を、てのひらさんのメルマガからご紹介すると、
「およそ100年前、明治から昭和初期まで、世界各地の娼館で働くために日本各地
から海を渡った、10代前半の少女や若い女性たちがいました。彼女たちは、
"からゆきさん"と呼ばれ、中には日本に帰国することができず、働きに渡った
異国の地でその生涯を遂げた人もいます。
今年、開港150年目の横浜で、開港がもたらしたこの影の部分について、日本映画
界の巨匠・今村昌平監督作品の映画「からゆきさん」(1973年/カラー16mm)を
上映し、その人生を存分に生きた、からゆきさんだった一人の女性の生涯を見つめ
ます。そして、彼女たちの生涯が、現代を生きる私たちにも折々につながっている
ことを、映画の後のトークライブで横浜にゆかりの深い作家・山崎洋子さんとアー
ティストとして人身売買問題に取り組む、映画監督・村上なほさんと共に来場いた
だいた皆様と振り返ります。」
というもので、映画鑑賞からトークセッションまで、
ヒジョーに濃い時間を過ごしました。
作品中に登場する善道菊代さんは、その過去を知らなければ、
まるでごく普通のおばあさんとなにも変わらず、
映像から「悲惨さ」とか「哀れ」といった印象はほとんど受けませんでした。
なので鑑賞後は、この淡々とした作品の流れに、
「テーマ自体は、とても悲惨なことなのに、これでいいのかな」と、正直、
ちょっとした違和感を感じる部分もあったのですが、数日たって、
じょじょに印象が変わってきてます。
それは、
「(仕事を堪えなければ)、言葉も通じないし、親分の言う事をきかなければ、
どうしようもない、と思った」というお婆さんの言葉。
あっけらかんと話すのですが、
立ち向かうことより、黙って堪えるほうが、もしかしてキツいのかも
しれないな、と想像したり、とにかく、ちょっとしたお婆さんの言葉や
しぐさから、色々なことを想像してしまう自分がいます。
というわけで、とても静かな映画でしたが、しばらく残りそうです。
お菊さんの生涯についてはこのサイトに詳しく掲載されています。
お好きな映画はなんですか?
July 23, 2009 10:00 AM | Comments (0)
ザ・ハリウッド
メジャー俳優とキャスト
シンデレラストーリー
な、「Pretty Woman」
原一男さんの「ゆきゆきて神軍」や、佐藤真さんの「阿賀に生きる」とか
土本典昭さんの水俣の記録映画とか、割とハードコア映画が好きな私ですが、
これらの作品とは極対局にある「Pretty Woman」。
今でもトレイラーを見るだけでもドキドキします。
懐かしくて、英語づけな日々だったあの頃(細い目)。
リチャギアも若い。
ジュリアロバーツもこの作品のが一番好き。
「精神」
June 23, 2009 10:25 AM | Comments (0)
映画「精神」をみました。
公開前から雑誌やら、WEBやら、新聞やら
色々な媒体に取り上げられていたので、
それだけ斬新な作品なのだな、と思っていました。
見た感想を一言でいうと「見て良かった」です。
「精神病院」(最近は「心療内科」ということが多いですが)は、
病気への偏見や、病気の見えずらさ、(外側からはどこが悪くて
何をするかわからないという偏見)によって、
隔離されたイメージはどうしてもあります。
「隔離」というと、とても固くて重い響きがあるけれど、
例えば歯医者にいくように
「ちょっと精神科にいってきます」ってことを
気軽に言えたりはしない。
そういう意味で、どこか離れた場所だったり、
離した場所にその存在があったりします。
撮影の舞台となった「こらーる岡山」に登場する
患者さんのバックグラウンドも、
どうしようもないくらい、
悲しくてとても重いものがある。
でもそれを、患者さんは淡々とカメラにむかって話し、
そこにはモザイクもテロップもありません。
でも正直、見ている側には、モザイクもテロップも
ないこと自体が気になりませんでした。
患者さんへのカメラの向け方や編集が、
変に患者さんに寄りすぎた作品でもなく、
いやらしい感じの人権配慮ということもなく、
人生のある時期に、普通の人が抱えないような大きなものを
抱えてしまった人間を、できるだけ目線を同じにして撮っている、
という感じ方を私はしました。
だからもしかしたら、モザイクとかテロップは
撮る側のコードであって、見る側はそんなに意識的には
その有無を気にするものではないのかもしれないとも思います。
というより、モザイクやテロップなしで作品をつくる、ということに
徹底しただけあって、カメラと被写体の間にある空気に
監督と患者さんのコミュニケーションの濃さを感じました。
もしかしたら、そのコニュニケーションの濃さに
「見てよかった」と思えたのかもしれません。
「いのちの食べ方」
March 10, 2009 7:56 AM | Comments (0)
「いのちの食べ方」を
DVDでみました。
いやー、スゴかった。
ネタばれを避けて内容は書きませんが、
モノを食べて生きていくヒト科としては、
必見なんじゃないかと思います。
と殺シーンや、最高率をはかった野菜の収穫シーンなど、
動物や植物が我々の食卓にあがってくるまでの過程を
淡々と、人のセリフはほぼなしという手法で
丁寧に撮影されている作品。
手法も含めてですが、
内容も衝撃的なことがかなりたくさんだった。
最近、と殺所のことを詳しく知りたいと思っていたので、
ポプラ社から出版されているフードマガジン
「旬」がまるごとの「牛肉」に期待していたのですが、
(グラビアを撮っている鈴木心さんが
「その辺もキッチリ取材しました」とインタビューに答えていたので)
残念ながら、私が知りたい部分はあまり書かれてなかった。
でもこの「いのちの食べ方」には、それがかなりハッキリと
描かれていて、私達がご飯を食べるときに使う
「いただきます」って言葉は
「この命いただきます」って意味だったんだと確信。
少なくとも「肉食いてぇ〜」と気楽には言えなくなります。
というより、修行層のように粗食を極めても、
セレブなグルメに走ろうとも、
食と食べることを疎かにしてはならんのですね。
いずれにしても、
とても良いドキュメンタリー作品でした。
「おいしいコーヒーの真実」をみた
July 15, 2008 10:21 AM | Comments (0)
このへんでエントリーした
「おいしいコーヒーの真実」をみにいってきた。
内容は想像していた通りだった。
気がつかないうちに、知らないうちに、
我々の生活を支えるシステムの中に、
コーヒー農家への搾取が組み込まれてしまっている事実。
この映画はなにもコーヒー農家のことだけに留まらない、
という想像を容易にさせる。
地球環境、石油価格、食品の高騰、バイオ燃料、etc...
企業利益とか、マーケットとか、株価とか。
最近根付いてきた地球環境への配慮や活動も、
マーケットにのってやっと関心があつまるという現実。
企業は「環境にやさしい」をコマーシャルにして、
ブランディングにつなげる。
どっかのタレントが「これからの投資先はエコだ」
とか言ったりしている。
(まぁこれが投資家の代表的な声なのかもしれないけど)
個人的にはマーケットにも、株価にも全く興味がない。
でも、これだけデカくて複雑な市場主義経済の中で
そのシステムの中で生きるイチ市民であることは
まったくもって否定できない。
お金にならなければ、動かない。
お金にならないものには、興味はない。
お金にならないものは、続かない。
ものすごくスマートで現実的な考え方だと思う。
でも、この現実を社会がひたすら暴走してきたために、
色々な問題が起こっていること、
それがまわりにまわって、
すでに我々の生活に影響せざるを得ない領域まで
上ってきているということ、
それをもっと自覚しなければ、と思う。
みんなお金は欲しい。
私だって欲しいよ、そりゃー。
でも、それだけに価値を求めないライフスタイルを
つくりたいと思うし、もうそういう時期なんじゃないかと
かなり真剣思う。
私はコーヒーが大好きだ。
June 4, 2008 2:05 PM | Comments (0)
だから見なくてはならん、と思ったりする。
でも考えてみれば、これは全くもって
コーヒーに限ったことではないのだと思う。
私は○○主義ではないけれど、
資本主義システムって、
ともすると流通や経済の仕組みやシステムを、
より複雑にするために、お金を払っているような錯覚を覚える。
フェアトレードって言葉は私が学生時代からあった言葉だけど、
その頃から今まで、普通に浸透している流通システムとは
言いがたい気がする。
質と値段を考えると、どうしても"いつものもの"を
手にしてしまう自分がいるし、でも無理することは
多分、持続的なことにはつながらない。
難しいなー、と思う。
でもこういう映画がでてくると、また考え直したり
立ち止まったりすることができるから、貴重だ。
『クワイエットルームにようこそ』
October 27, 2007 7:22 PM | Comments (2)
雨降りの中、表参道で用事をすませ、
このまま直帰するのもつまんないなーと思いながら、
でも今日は本屋じゃない気がする、と1人ボソボソと
考えながら結局渋谷で降り、シネママライズに行き、
『クワイエットルームにようこそ』を見た。
松尾スズキ作品をみるのは初めてに近いのだが、
結果からいうと、かなーり面白かった。
とりあげている内容はシリアスなものだけど、
舞台出身な監督だけあって、細かい演技とか、要所要所に
笑いの爆弾が仕込まれている感じだ。
ときどき館内が笑い声でワァッとなるときもあって、
自分も声だして笑ってしまった。
でもさすがだなぁと思ったのは、
ストーリー展開の時間軸の使い方とか、
キャスティングがバラエティに富んでいたこと。
エンドクレジットで初めて、
「え?どこに、しりあがり寿が?!」とビックリしてしまった。
DVDでも良い作品かもしれないけど、
スクリーンの方が時間軸のダイナミックさが伝わる気がする作品。
『バベル』をみた
May 5, 2007 10:00 PM | Comments (0)
スゴイ作品だった。
すべてにおいてスケールが大きいのに、
ストーリー構成は緻密で、
3大陸を横断する一連の出来事の時間軸は
大陸ごとにズレているのに何の違和感も感じない。
人間の悲しさや淋しさが凝縮されたような内容なのに、
見終わったとき感じたのは”すごく大きな愛”だった。
菊地凛子の演技はとても個性的で印象的だった。
公開前にあれほど騒がれなかったとしても、
自然に注目されたと思う。
まだまだ書きたいことはたくさんあるけれど、
これから見る人のために我慢します。
しかしイニャリトゥって本当にスゴイわ。
『ジョゼと虎と魚たち』
April 23, 2007 8:12 AM | Comments (2)
週末に『ジョゼと虎と魚たち』をみた。
随分前の作品だけど、
犬童さんの監督作品は
公開からしばらくたっても全然気にならない。
ストーリーもキャスティングもかなり好きなテイスト。
土日で二度みて、
同じシーンで泣いてるバカでした。
『ぼくを葬る』
February 15, 2007 8:35 AM | Comments (0)

少し前にDVDでみた
フランソワ・オゾンの『ぼくを葬る』。
ストーリーも心に残るものがあったけれど、
(これを書き始めると、とまらなくなりそうなのでやめとく)
何より映像がすごく美しかった。
一枚一枚の写真みたいに。
『スイミング・プール』はまだみていなけど、
平面広告がすごくキレイでその印象がとても強い。
映画をみて”クールな映像”とか、”クースなセンス”を
感じることはあっても、”美意識”とか”美的センス”とか
単純に”美しい”って共感したのは初めてかもしれない。
January 15, 2007 7:49 AM | Comments (0)

『ダーウィンの悪夢』を見にいった。事前にサイトもチェックして、だいたいの内容を把握したつもりでシネマライズに足を向けたのだけれど、想像以上に衝撃が大きかった。やはりメッセージが映像というカタチをとると、こちらの想像を上回るほど強烈に、ストレートに入り込んでくると改めて思う。
この映画を見ていろいろなことを思うことの1つに、この映画の中で起きているグローバリゼーションによる悲劇は、程度の差こそあれ、世界各国の途上国のいたるところで起こっているのではないかと思う。だからこれほどの悲劇だって、この世の中に起きていることのほんの一部なんだという気がしてならない。以前亀山亮さんの写真集『アフリカ 忘れ去られた戦争』を手にしたとき、こんなことが書かれていたことを思い出した。「日本では人が1人死ぬとニュースになる、でもアフリカでは人が1000人死なないとニュースにならない」と。
日々のニュースでは知りがたいアフリカの現状を、だからこうして映像にして映画として世の中に生み出した監督や出演者、関係者の勇気とそのパワーには、本当に強く心を動かされた。
貧富格差、ストリートチルドレン、売春、エイズ、と貧困の悪循環の縮図のような悲惨さを背負ったこの地域に対して、「じゃー一体オマエは何ができるんだ?」となったとき、問題の深刻さに愕然としてしまい、「結局何もできない」と思ってしまいそうになる。戦後アジア諸国の多くの国が経済成長を成功させている(ソフトランディング)に対して、アフリカだけがいつまでたってもソフトランディングできない現状や、それどころか内戦や紛争、虐殺が絶えない大陸というイメージが本当に色濃い。
でもだからこそ、まずは現状を知って、関心を持ち続けることなんだと思う。何ができるんだろうと思うキッカケをつくることをしないでは何もはじまらないのだと思う。私が生きている間にこの地域の問題や、アフリカ全土の内戦や紛争が終わるなど、そんな楽観的な意見も発想ももてないけれど、私が生きている間はこの地域や広くアフリカの現状に関心を持ち続けることはできると思う。
そしてもうひとつ強く思うこと。それは遠い国くことを考えながら、行動は身の回りから、ということ。自分が普段接している人、大切な人、家族、親友、仲間、感謝する気持ちや謙虚さや、思いやりや公正さ。自分が求めることをちゃんと追求して、色々なことに勇気をもつこと。今自分が生きている世界ももっと大切に、日々生きなければと思う。衣食住に何一つ欠くことのない環境に生まれた自分自身ができることをきちんとやる。それも自分ができることの1つかもしれない、と思う。
Geri's game
July 10, 2006 7:00 AM | Comments (0)

Pixarが1997年に発表した
短編アニメーション『Geri's game』。
6年くらい前に初めてみたときも
Geri爺さんの表情や、チェス盤におちる影や
風景のライティングにただただ感動して呆然としただけだったけど、
最近iTunes Music Storeでフル動画をDLして改めてみたら、
懐かしいのと素晴らしいので、とても楽しめた。
何の光源のない真っ暗な世界に
擬似的なライトをつかって空間を生み出すCGの世界で、
こんな風に景色を自然に演出できるライティング、
まぁPixarだから当然といえば当然なのかもしれないが、
やっぱりすごい。
(いったい何個のライトをつかってるんだろうだか)
そーいえば、この前いったイベントAPMT2で
Adobeスタッフの人がAfterEffectを紹介してたんだが、
新たにカメラが設置できてそれがswf書き出しできるらしい。
もちろんカメラにアニメーションつけることも可。
なんかそれでCGソフトおもいだして
ちょっと懐かしくなったりした。
『ゆれる』
May 30, 2006 1:55 AM | Comments (0)
西川さんの作品がカンヌに出品って今朝知った。
われながら疎くてビックリだ。
2年前くらいに所沢で
ぴあ主催の映画際があって、
『蛇イチゴ』上映後
西川さんの舞台挨拶があった。
まだ是枝さんがカンヌをとる前で、
是枝さんも普通に舞台で一緒に話してた。
そのとき西川さんが「兄弟について本を書いてます」って
言ってた記憶がある。
それが今カタチになったなんて、
映画って本当に本当に
時間と(そして人力も)かかるものなんだなーとつくづく思う。
『蛇イチゴ』は、一見平和そうにみえる家族の
実は個々に抱えているエグイ部分の描写ってのが
とても自然でうまかった記憶と、
なんといっても宮迫すごいわーという記憶の
両方が鮮明にある。
『ゆれる』は上映開始したら、観にいきます。
映画『スティーヴィー』
February 19, 2006 11:01 PM | Comments (0)

『スティーヴィー』を見に、
東中野へ。
監督のスティーブ・ジェイムスさんの舞台挨拶後、上映。
アメリカ社会の問題の深刻さや暴力の連鎖を、
スティーヴィーとその家族を通じて描かれており、
監督にも作品にも、誠実さと、勇気と、信じる強さについて
深深と感じずにはいられないドキュメンタリーだった。
暴力を受けた人間に刻まれる深い傷はその暴力の原因がなんであれ、
深く深く残りつづけ、それがまた違うカタチの暴力で他人を傷つけるという事実。
それはきっとアメリカ国内だけじゃなく、日本国内だけでもなく、家族という単位だけに
限った事実でもなく、国レベルでも今まさに起こっている事実だと痛感する。
暴力を暴力で制しても何も生まれないという現実。
撮影途中でスティーヴィーが犯した性犯罪によって、
この映画の流れは大きく変わるけれど、
最後まで監督の真剣さや真摯をはっきりと感じた。
それはスティーヴィーに対しても、この作品に対しても。
だからこそ考えさせられ、グットくるシーンが沢山あった。
監督も話していたけれど、1人でも多くの人に
目に触れられるべき作品だなと思う。
昨晩
December 8, 2005 8:33 AM | Comments (6)
今更感は承知で『世界の中心で・・・』をみた。
涙なしに見れない映画であることは、
120%以上知ってたけれど、
見た後の感想はただただ、
大切な人を失うなんて想像できないってことだ。
いやー、絶対にムリだ。
といって、そんなのいつかくる、といわれても
今は考えたり想像することもダメ、と思ったりした。
サヨナラcolor
September 24, 2005 12:56 AM | Comments (0)

渋谷ユーロスペースに観にいく。
竹中ワールド、特にクスクスって思わず笑っちゃうところ、
すごく良かった。
やっぱり人を一途に想うっていいなぁとおもって、
そんなことをかみ締めている頃に
清志郎と永積君の『サヨナラcolor』がエンディングで流れ、
普通に涙がでてきた。
いつか海の近くで暮したいなーと思わせる
波の音と空の青。
人のココロの温かさを感じる、そんな一本。
旅する夜
June 23, 2005 12:51 AM | Comments (0)
今日は珍しくシゴトが早く終わったので家の近所のレンタル屋で
『モーターサイクルダイアリーズ』をかりて帰る。

この映画は恵比寿ガーデンシネマで上映されてたときからずっと
気になっていた作品だったのに、結局劇場にはいけず終いだったために
かなり期待感をもってレンタル開始を待ち望んでいた。
「若かりし頃のチェ・ゲバラ」、「バイクで南米横断」、「放浪の旅」、
それに「キューバ革命」とくれば、その言葉の断片だけでなにかしら人間の野生を
駆り立てる響きがある。でも実際はそれ以上に深いモノがあった。
まず南米大陸は私にとってまだ未経験な土地。
それだけに一度は旅してみたい土地で、なんとなくそれは若ければ若いほど
いいような気がしている。
24歳で旅したゲバラに自分をかざしてるとか、かざしたいとか、
そうなりたいという願望ではなくて、人間的に模索状態なほど、
南米って大陸が多くのものをココロに焼き付けてくれそうだから、という勘でしかない。
そして映画の中でキューバ革命に触れることは殆どなかったけれど、
ゲバラという1人の人生からみたキューバ革命は私がかつて講義で触れた
「キューバ革命」とはまた全然ちがうモノなんだろうということだ。
冷戦という枠組みからみるのと、革命家という1人の眼差しからみるのとでは
あたりまえだけど違う。で、私が関心があるのは大枠で語られることより
個が発するもの。それをすごく強く感じた。
ゲバラだけでなく彼らが旅先で会った人達の映像はフィクションとはいえ、
”生きてる感”がとてもリアルにこちら側に伝わってくる。
そしてその”生きてる感”がココロにズンズンくる感覚は、ヴェトナムを旅するとき
出会う人やモノからもらえる感覚に似ている。
物語はゲバラを語ってはいるけれど作品自体に思想とかイデオロギー的な感化は
はほとんどなくて、1人の人間が自分の生き方や生活スタイルなりを選ぶとき、
それを選んだ最初のココロを忘れないでもっておくこと、それが大切であることを
思い知った気がする。
でもそれって日常だとなかなか難しい。だからこそ旅が舞台になったのかもしれないけれど、
今夜これを見た私は少なくとも”旅”な気分を味わえた気がしていて、すごく満足。
全然東京を離れちゃいないけど、異空間をダイブしてきた感じ。
ちなみにゲバラ役のガエル・ガルシア・ベルナルはこれまた私が好きな
『天国の口、終りの楽園』に出ていた俳優さん。
どっかで見たことあるなーってずっと思いながらみていて、特典チェックして納得。


