母と黒川温泉へ part.3
June 19, 2011 2:32 PM | Comments (0)
最終日。
さすがに九州も梅雨に入る準備ということで最終日は雨。
雨の中、黒川の温泉街を歩き、お土産を買ったり、
お世話になった宿「野の花」さんの姉妹店、「いこい旅館」のお風呂にはいったり。

「いこい旅館」の庭先。
囲炉裏の火が、肌寒い気候になんともあたたか。
帰りも高速バスにのり、特急にのり、空港バスにのって、最後は飛行機にのり。
羽田に到着したのは23時ちょっと前で、日頃22時には夢の世界にいる母にとっては、
真夜中な時間帯だったはず。
でも、「電車があるから帰れるわよ」、といって父のお迎えも断り、
一人で帰路に着き、0時過ぎに「今着きました」というメールを送ってくれた。
とっても疲れたろうなーと心配しながら、でも終始楽しそうだったので、
母と二人旅行にいくことができて、本当に、本当に良かったなーと思う。
神様ありがとう!と思ったほど。
旅行中、母とは、たわいもない話、家族の話、そして震災や原発の話をたくさんした。
原発の話は、その場がもう絶対的に暗くなってしまう話だし、
のんびりする目的の旅なのに、九州までいってすることないのかもしれないけれど、
お互いの興味がそこにあったのか、かなり沢山話した気がする。
震災が起きて、いろいろな情報に日々ふれて、
誰かに、頭や心をおもいきり掴まれ、大きく振り回されてるのか?と錯覚することがある。
それほど脳みそをグラグラに揺らされている感覚を自覚することがある。
例えばすごく気分よい朝なのに、無気力になりそうになったり。
今迄大きな達成感があったことが、それほどもなくなってしまったり。
原発から目を反らすべきでないことは、分かっているけれど、
つっこんだ情報を追えば追うほど、キモチが複雑になって、
日本や、大切な人や家族や、周辺が、どうかわっていってしまうのか?
想像して、考えることがとても怖い。
だから震災以降、「今」がすべてで、「あとで」や「いつか」は、ないものと
思ったほうがいいのかもしれない、という思いも強くなった。
だから、という訳ではないのだけれど、私は母に対し、
「私は幸せだから、これからのことをぜんぜん心配しないでください」と伝えたかった。
ただやっぱり面とむかうと照れくさく、一緒に入った温泉で背中を流すのが
精一杯になってしまったのだけど、私は母の娘として産まれてきて幸せで、
今も幸せで、これからも幸せになるように生きていきます、というようなことを伝えたかった。
(嫁にはいかないのに、まるで嫁にいくような台詞でごめんなさい。)
でも、本当にそう思う。
少なくとも、「今」、日常を生きれている自分は、なんて幸せなんだろうと。
だからこそ、できる精一杯の過ごし方をしたい。
小さくてもいいから、個人的な活動を通じて、
社会に役立つこをしていきたい。というか、しないといけない。
というキモチをもちながら、母と黒川温泉に行けたことは、私にとって一生の宝物になりました。
一緒に行ってくれた母に感謝な旅でもありました。
(ところで、さっそくであれですが、今度はハワイに行きたいと思ってます。
姉一家、直哉や慶太も一緒に。)

投稿者nF4 : June 19, 2011 2:32 PM
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