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社会問題を伝えるときのジレンマ

November 17, 2010 9:43 AM | Comments (0)

友人を通じて知り合った「てのひら~人身売買に立ち向かう会」代表の百瀬さんから、
「ウェブサイトをつくってください。」と、依頼をいただいたのが今年の7月。

実際キックオフミィーティング(初回の打ち合わせ)をしたのが9月初旬なので、
かれこれ2ヶ月近くたとうとしている。

人身売買の撲滅だったり、反対を表現する作家さんや、NPO団体のサイトの作成を
縁あってこれまで何度かお手伝いしてきたのだけれど、
今回は百瀬さんの熱のいれようが私にも伝わり、
人身売買をとりまく社会経済的な背景や現状、慣習や宗教、
一般的なセックスワークにいたるまで、
できるかぎり私の方でも予備知識をいれるようにして取り組んでいる。


できるかぎり、そうやって取り組んではいる。

ただ取り組んではいるのだけど、その事実に突っ込んでいけばいくほど、
どんな表現が正しく、忙しく現代に生きる人々に響くメッセージとなるのか、
メッセージだけで終わらず、それをどうやって行動に変えていってもらうのか、
そもそも「変えていってもらう」なんてオシツケガマシく、
オコガマシイことができるのか、
サイトなり活動なりを理解してくれた方々に対し、
この運動やら、団体そのものが何を求めているのか。。。


考えること、話し合うこと、合意すること、合意してもらえなさそうなことでも、
そこを突破しなければサイト自体がナンセンスになってしまうこと、
その説明や提案や話会い、その作業の繰り返しで2ヶ月があっという間に
過ぎてしまった感がある。


一番難しいと感じるのは、今、目の前に差し迫らない他人への危険や侵害について、
そのことを現場で見てきたてのひらのメンバーから、
それを知らないこちら側にどうバトンを渡してもらえるか。


手渡されたバトンには大きな共感が含まれている必要があるし、
考え続けることへの弊害を、突き抜ける情熱だったり力強さだったり、
工夫がなされていなければならないと思う。


実際、正しいことをしている+それを伝える
=正しいことをしていることがそのまま伝わる、
ということではない。全然ない。


娯楽もニュースも個人の発信も含め、これだけ多くの情報があるなかで、
みんながみんな、それぞれの生活が忙しい中で(という状況は、どんな問題、
商品、キャンペーンを伝えるにしても前提になると考えているけれど)
発信する側がバトンの渡し方を工夫しないのは、
もはや自己欺瞞ですらあると思うし、そこから少し逃げようとする自分に対しても、
度々肝に命じるようにしている。


企業広告とは、伝える内容、深刻さ、重さ、どれも違うものではあるけれど、
伝える対象のことをより深く知った上で伝えていく手法や手段は、
企業と顧客のコミュニケーションとそう大きく変わる点はないように感じる。

ただその一方で、コミュニケーションの先にあるものが、
クーポンのような便利でお得なものだったり、
お楽しみ動画のような楽しい経験、という訳にはなりずらいという現実がある。


ここが一番のジレンマだ。

でも突破しなければと思うし、なんとか突破したいと悩み、考える今日この頃。

投稿者nF4 : November 17, 2010 9:43 AM

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