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『アヒルの子』

July 22, 2010 12:18 AM | Comments (0)


先日の連休最終日。
横浜のジャック&ベティに『アヒルの子』をみにいく。


育てられた環境の中で、自己が抱えてきたもの。
その混沌として漠然とし、釈然としないモノから脱却するために、
この作品の監督である小野さんは、そのモヤモヤの元凶と彼女自身が考える
「家族」に対し、真っ向から立ち向かう。

「前へ進まなくてはいけない」という衝動にも近い勢いで、
家族とブツかり、自己にむかって問いつめ、
また他者にブツかって、何が本当の自分であるかを問うていく。


スゴイと思うのは、その向き合い方。
家族にとったらカメラは凶器にも近かったはず。
突然カメラを向けられ、過去に起きた事実を暴かれ、
その映像がこうして公の場で、見ず知らずの他人に公開される。
もし本人の承諾がなければテロにも近い行為かもしれない。

それでも小野さんは撮らずにはいられなかったのだろうと思う。
撮らずには、この先生きられないくらいの覚悟や衝動があったに
ちがいないと思う。それくらいの想いがなければ、
こんな作品は撮れない。

その意味で『アヒルの子』は完全なるセルフドキュメンタリーだと感じる。

人が生きていく深さや、可笑しみやユーモア、悲しみや悔しさといった
普遍的な価値をシェアする意図で作られたものではないのかもしれない。
そういう印象は正直どこかにある。勿論、それが良いとか悪いとか、という判断はなく、
セルフドキュメンタリーで普遍性を伝えることの難しさだったりを同時に感じた次第だ。
でも、もし私が10代後半から20代前半でこの作品と会っていたら、
またちょっと違っていたかもしれない。
いずれにしても、小野さんが自己に抱えていたモノに対峙し、作品にしたことで、
何かしら彼女の救いになったのならいいなぁと思う。
できれば、そういう流れをつくったキッカケであって欲しいと思う。


総指揮を務める原一男さんの『ゆきゆきて神軍』も、
かなり後々ひきずった作品だったけれど、ドキュメンタリ作品は
見終わった後、しばらく心に小骨が突き刺さっさったくらいが丁度いい気がする。

ドキュメンタリ作品は完全なノンフィクションなどではないけれど、
人の心を動かす手法として、やっぱりドキュメンタリでしか
伝えられないことはたくさんある気がする。


小野さんの次作はどんな作品だろう。


ウォッチします。

投稿者nF4 : July 22, 2010 12:18 AM

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