少し政治のはなし-004-
November 25, 2009 9:18 AM | Comments (0)

キューバでは食べるもの、住む(泊まる)場所だけでなく、
まず使用できる貨幣が、旅行者とキューバ国民でクリアに分かれている。
キューバ国民はMNという単位のお金を、旅行者はCUCという単位のお金を使うのだけれど、
後者はだいたい1CUC=1米ドルと同じくらい、前者は24MN=1CUCくらいの貨幣価値がある。
地元の人と同じ目線になりずらいのは、使える貨幣と物価が完全に分かれているからなのかもしれない。
キューバの政治事情をちょっと調べところ、
2008年にカストロ議長が国家評議会議長と軍最高司令官を引退後に、弟のラウル・カストロが後継者になってやっと、
一般国民が旅行者と同じホテルに宿泊できる許可がでたそうだ。
その他、ケータイの所持や家電製品の購入も昨年やっと自由になったというのだから、
人がどれだけ音楽やロン(ラム酒)で酔って楽しそうにダンスしていても、
政治的な自由度はかなり厳しい環境にあることが分かる。
それに色々なものの許可がでたとはいえ、当然それが可能なだけの収入を得ている人に限られているだろうし、
私達が泊まったホテルで地元の人らしき人を見たことはただの一度もなかった。
政治の話は結構センシティブで、一般のキューバ人はカストロ議長のことがあまり好きではないらしい。
ごく控えめな言い方をして「嫌い」らしい。
そして「嫌い」と話すとき、他に誰も聞いていないのに小声になったりする。
我々の個人旅行には日本語の話せるキューバ人のガイドさんが時々ついてくれたのだけど、一番ビックリしたのは
「カストロがどこに住んでいるのか誰も知らない」と言っていたことだった。
それだけ身の危険を感じながら、なぜキューバの指導者はこの社会主義体制だったり、
反米主義を貫くのだろう?と思う。
他の南米諸国が、民主化や経済の自由化を自国に取り入れた結果を見て、
「物は総じて豊さをもたらさない」という信念をさらに確固たるものにしていったのか?と、思ったりする。
いや、でもきっとそうじゃない。
きっとキューバ革命を起こした時点で、ものすごく徹底した社会主義思想を持ち合わせていたんだろうと想像する。
そうじゃなければ、あんな過酷なジャングルの中で、何人も仲間が倒れていく中で、
闘争を続けていく精神力は生まれてこないだろうし、400キロを徒歩によって行軍するなどできない。
カストロも、特にチェおいては、それが故に絶大なカリスマ性を持っていたのだと思う。
いつの時代もどこに生まれても「自分がどう生きたいか?」を徹底的に貫いて強烈に表現することは、
ものすごい影響力を持って、それが社会を動かすのかもしれない。
勿論それで破滅してしまう人も場合もあるけれど、
なにかのタイミングや幸運によって、
誰もが想像しなかったほど、理想的でダイナミックに社会が動くのかもしれない。
こんなことはすでに多くの人が語っていることなのだけど、
ハバナを歩いて、地元の人と話して、キューバの歴史を改めて振り返って、
自分の内側から感じることができるのは素敵なことだと思う。
キューバは音楽とロンとダンスだけに酔っていては、もったいない国だ。

投稿者nF4 : November 25, 2009 9:18 AM
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.nfujiwara.com/mt/mt-tb.cgi/1188
コメントしてください