January 15, 2007 7:49 AM | Comments (0)

『ダーウィンの悪夢』を見にいった。事前にサイトもチェックして、だいたいの内容を把握したつもりでシネマライズに足を向けたのだけれど、想像以上に衝撃が大きかった。やはりメッセージが映像というカタチをとると、こちらの想像を上回るほど強烈に、ストレートに入り込んでくると改めて思う。
この映画を見ていろいろなことを思うことの1つに、この映画の中で起きているグローバリゼーションによる悲劇は、程度の差こそあれ、世界各国の途上国のいたるところで起こっているのではないかと思う。だからこれほどの悲劇だって、この世の中に起きていることのほんの一部なんだという気がしてならない。以前亀山亮さんの写真集『アフリカ 忘れ去られた戦争』を手にしたとき、こんなことが書かれていたことを思い出した。「日本では人が1人死ぬとニュースになる、でもアフリカでは人が1000人死なないとニュースにならない」と。
日々のニュースでは知りがたいアフリカの現状を、だからこうして映像にして映画として世の中に生み出した監督や出演者、関係者の勇気とそのパワーには、本当に強く心を動かされた。
貧富格差、ストリートチルドレン、売春、エイズ、と貧困の悪循環の縮図のような悲惨さを背負ったこの地域に対して、「じゃー一体オマエは何ができるんだ?」となったとき、問題の深刻さに愕然としてしまい、「結局何もできない」と思ってしまいそうになる。戦後アジア諸国の多くの国が経済成長を成功させている(ソフトランディング)に対して、アフリカだけがいつまでたってもソフトランディングできない現状や、それどころか内戦や紛争、虐殺が絶えない大陸というイメージが本当に色濃い。
でもだからこそ、まずは現状を知って、関心を持ち続けることなんだと思う。何ができるんだろうと思うキッカケをつくることをしないでは何もはじまらないのだと思う。私が生きている間にこの地域の問題や、アフリカ全土の内戦や紛争が終わるなど、そんな楽観的な意見も発想ももてないけれど、私が生きている間はこの地域や広くアフリカの現状に関心を持ち続けることはできると思う。
そしてもうひとつ強く思うこと。それは遠い国くことを考えながら、行動は身の回りから、ということ。自分が普段接している人、大切な人、家族、親友、仲間、感謝する気持ちや謙虚さや、思いやりや公正さ。自分が求めることをちゃんと追求して、色々なことに勇気をもつこと。今自分が生きている世界ももっと大切に、日々生きなければと思う。衣食住に何一つ欠くことのない環境に生まれた自分自身ができることをきちんとやる。それも自分ができることの1つかもしれない、と思う。

投稿者nF4 : January 15, 2007 7:49 AM
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