20代と30代
October 21, 2006 12:31 PM | Comments (0)
この前、シゴトの打ち合わせでのこと。
お客さんの一人が、
「私が11月2日生まれで
(隣の男性を指しながら)、
○○さんが3日なんですよ」と話していたので、
「私、4日(生まれ)です」といったら、
かなり打ち合わせが盛り上がった。
そんなことはいいとして、
20代の特に後半と30代の特に前半なんて、
色々なことがそんなに変わんないんじゃないか、と
高をくくっていたけれど、
いやいや、全然違うなーと
最近つくづく思う。
まだたかが30歳だけど、
自分自身に残された時間みたいな感覚を
この歳になって初めて感じるようになった。
20代の頃は、自分に残された時間の長さに限りがあるなんてこと、
普段の生活で思うことなんてほとんどなかった。
勿論、誰にでも最期がめぐってくるわけだけど、
それを自分自身のことに重ねて考えるには
あまりにも若すぎるというか、能天気というか、
目の前のことでかなり精一杯だった。
長く生きたいとか、80歳まで生きたいとか、
そういう欲望はほとんどないので、
自分に残された時間なんてものも、
本当はどうでもいいのかもしれないけれど、
生きる時間が長くなればそれだけ、
終わりに近づいていくことも事実なので
残された時間のことを考えて、
覚悟したり決断しなきゃならないことの重みを
以前よりズッシリ感じたりする。
だから最近、人生の決断をしてきた人達の潔さを
なんだかすごく崇高なモノのように感じるし、
まだ決断できない人達の葛藤に触れると、
自分のこと以上にモガいたり、苛立って苦しくなったりする。
ただ、そんな決断やら覚悟の重みを感じならが思うのは、
ほとんどの人が多分、そういう人生に関わる重大な判断みたいなものを
そんなにハッキリさせないところで生きているんじゃないかと、
他人の人生をわかったようなことを言うわけではないけれど、
思ったりする。
それは一概に現実から逃げていることではなくて、
現実と折り合わせるための行為であるように、私には思えたりする。
あっちにいったり、こっちにかえってきたり、
またあっちにいちゃったり、たまに旨くいったり、
何度やってもダメだったり、
迷ったり悩んだりしながら歩き続けること自体が
生きていくことなのかもしれない。
そうやって現実と自分をすり合わせながら生きていく姿にこそ、
潔さや粋ってものを、以前よりグっと強く感じるようになった。
歳上の、人生の粋も甘いも知り尽くしている人からは
「ようやく分かったか?」と呆れられそうだけど、
人生の渋い部分に共感できることは、
悪いことじゃないな、と思う。

投稿者nF4 : October 21, 2006 12:31 PM
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.nfujiwara.com/mt/mt-tb.cgi/387
コメントしてください