『東京タワー』
リリー・フランキー
March 30, 2006 1:51 PM | Comments (2)
昨晩『東京タワー』を読みきった。
先日のBLOGでも書いたように”泣ける泣ける”という
前書評があまりにも強くて、そんなもんなのか?と
かなりフラットな心で読んでいたのだけれど、
左の親指で抑えるページ数が薄くなるにつれ、
普通の言葉で語り続けるリリーさんの平坦な口調に、
表現しきれないほどの「おかん」への想いがズンズンと伝わってきて、
どうしようもないほどの涙があとからあとから
ボロボロとこぼれてきた。
あまりにも涙が流れるので、途中で本と閉じたり、
気を沈めたりして、また読みだす
ということをやり、やっとのおもいで読みきった。
リリーさん自身の「おかん」への想いに重ねて、
自分自身の母のことを書くことはしないけれど、
母って存在は自分自身が歳をとるにつれ
どーしてこんなに愛しいものに変っていくのだろーと
つくづく思う。
私だけなのか、みんなそーなのか、
わからないけれど。
今朝ちょうど実家に用があって電話をし、
電話口にでたのが母で、変らず色々なことに
気を配ってくれる素振りに触れて、
母としてはそれは日常のありふれたことだったろうが、
私にとってはとてもグっとくるような出来事だった。

投稿者nF4 : March 30, 2006 1:51 PM
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でしょーー
田中ちゃんもそうだった。本の帯に「電車の中なのに号泣」
ってあって、またまた~とか思いながら読んでたら・・・
最後、泣ける泣ける。噂は本当でした!HANがビックリ
するぐらい涙出ました。自分のおかんと重なると更に来るよ。
大切にしなければなと思った次第でございます。
投稿者 田中ちゃん : March 30, 2006 3:04 PM
>田中ちゃん
”チョメイジン(著名人)”という人達がいるとして、
その人達を勿論ヒトククリにすることはできないけれど、
全然チョメイジンでもなく、恐らくは人生の一部たりとも
世間の目に触れられる機会をもたない人達の中に、
自分の想像もつかないくらい立派に生きている人がいるって
ことを知って、なんだか生きるってこと事態がもう、
ものすごくHappyでLukyで、この上ないことなんだと
思ったりします。
矛盾しているけど、リリーさんの「おかん」のことを
リリーさんが本にしてくれたことによって。
涙がとまらないのは、やっぱり
自分の母親とかさなる部分が少なからず
あるからなんだろうね。
そう思うと母が子を想うキモチっていうのは
無条件に無限で、想像以上に深くて、
それだけに子自身も死ぬまでずっと強く想っているもの
なんだろーね。
アツコさんを大切にな!
投稿者 nF4 : March 31, 2006 12:02 AM
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